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睦 月 [むつき] 新春に老いも若きも分け隔てなく集い、相睦ぶ月

一月はこんな月

 小寒から大寒へと、暦の上では年間を通じてもっとも寒い時期です。また、「初日」「初夢」「初薬師」など、「初」尽くしの月。

 

一月の暦

初日の出(はつひので) 一月一日

  「元旦」とは一月一日の朝のこと。「元」は一年の一日目をさし、「旦」は太陽(日)が地平線(一)から昇るさまを象った文字です。その年初めて太陽が昇るとき、それがまさに元旦。年神様は、この初日の出とともにやってくると考えられていたため、初日に手を合わせ、一年間の安寧を祈るという事が行われました。

邪気を祓う若水(わかみず)迎え

 かつて、一年の最初の仕事は、元旦寅の刻(午前四時頃)に井戸から水をくむ「若水迎え」でした。くみたての新鮮な若水を、まず年神様に供え、次にお節料理を作るのに使いました。飲めば若返るとも、邪気を祓うともいわれました。

一年の平安を祈願する四方拝(しほうはい)

 四方拝は、正式には元旦寅の刻に北向きで天を、西向で地を、つぎに四方を拝し、最後に山陵を拝して一年の平安と豊穣を祈願する宮廷行事です。平安時代中期から始まり、現在も宮中で行われています。

 一般家庭では、元旦に家族が集まり、東西南北の順に向かい、それぞれ拍手を二回打って拝み、それから「おめでとうございます」と新年の挨拶を交わしました。

 

初詣で(はつもうで)

  元旦を迎え、氏神様やその年の縁起のよい方角(恵方)にある寺社に初めて参拝するのが初詣でです。

  ちなみに、神社に祀られている神様でもっとも多いのは八幡で、次いで伊勢、天神、稲荷と続きます。毎年、日本一の参拝者数を誇る東京の明治神宮には、明治天皇と昭憲皇太后が祀られています。いずれにしても初詣では、年神様がいる松の内(一月七日まで/地域によっては十五日まで)に行くのが目安です。

 

神社での作法

 初詣での際、神社での基本的な作法を紹介します。

 まず、帽子を脱ぎ、鳥居の前で一礼。つぎに、彼岸(ひがん)と此岸(しがん)の結界である鳥居をくぐり、境内ヘ入ります。道の真ん中は神様が歩くところなので、参拝者は左右どちらかを歩きます。少し進むと手水所(ちょうずどころ)があります。そこで、手を浄め、お社に向かいます。両脇には狛犬がいて、いよいよ拝殿へ。大きな鈴があったら一礼し、叶緒(かねのお)で鳴らします。賽銭箱にお金を入れて、二拝二拍手一拝でお参りします。

*叶・・・鐘の   緒・・・太い麻などでできた紐

 

狛 犬・・・「高麗犬」とも書き、朝鮮半島から伝わったという説がある。向かって右は口を開けた阿形(あぎょう)、左は口を閉じた吽形(うんぎょう)。阿は梵字(ぼんじ)の初韻、吽は終韻であることから、あらゆるものの始まりと終わりを表す。

手 水・・・「てみず」ともいう。まず、右手に柄杓を持って水をくみ、左手にかける。つぎに左手に持ちかえて、右手にかけ、再び柄杓を右手に持ち、左手に水をためて口をすすぐ。左手に水をかけ、最後に柄杓を立てて水を伝わせ、柄を洗う。

・・・・・・・・鈴は「涼やか」に通じ、鳴らす人の身を浄め、その清らかな音に神様が気づいてくださるといわれる。参拝の際は叶緒で3回鳴らす。

 

開運祈願

 小絵馬(こえま)・・・馬は神様の乗り物として神聖視され、祭祀の際に生きた馬を奉納する習慣があった。やがて、板に馬の絵を描いて祈願や祈願成就の際に奉納するようになったのが、絵馬の始まりである。その後、馬だけでなく、干支や祈願の具体的な図柄も描かれるようになった。

 おみくじ・・・今年の運勢を占うおみくじは、書かれていることを参考に、日々努力して暮らすことが肝心。また、大吉は大凶に、大凶は大吉に転ずるといわれるが、これは、「陽極まれば陰に生じ、陰極まれば陽生ず」という古代中国の哲学、陰陽道の考え方による。

 破魔矢(はまや)・・・本来は破魔弓(はまゆみ)と一式で、作物の豊穣を占う弓射(ゆみいり)が起源。やがて、矢だけが厄や魔を射る縁起物になり、家内安全、無病息災のお守りになった。

 

年男 年女

 本来、年男とは正月を司る家長や長男のことをいいました。

年男は年末から正月準備に大忙し。年神様を迎える棚を作り、元旦に若水をくみ、竃に火を入れるのも年男の役目でした。女性たちが起きるのはその後です。女性は正月の家事をしない慣わしだったのです。現在は年男というと、一般的に、その年の干支にあたる男性、または厄年の男性をさします。一方、年女は近年できた風習です。また、干支は古代中国から伝わった考え方で、動物のイメージは後年作られました。

 

年賀状(ねんがじょう)

  古来、新年の挨拶は年始まわり(年賀)をして述べるのが慣わしでしたが、遠方に出向くことができない場合、書状の挨拶に代えたのが年賀状の始まりです。本来は年が明けてから書く年賀状ですが、現在では、元旦に届くようにと投函することが多くなりました。

  なお、喪中の場合は前年の十一月下旬から十二月上旬までに年賀欠礼のはがきを出します。

年賀状の作法

 年賀状には「謹賀新年」「恭賀新年」「迎春」「新春」「初春」などの賀詞を書きます。通常、目上には四文字の賀詞、あるいは「新春のお慶びを申し上げます」などの恭敬を表す賀詞を、友人などには「賀正」「迎春」などの賀詞を書きます。「あけましておめでとうございます」「新年おめでとうございます」などは、だれにでも使える挨拶です。ちなみに、賀詞に「春」を使うことが多いのは、旧暦で一年の始まりを立春としていた名残です。 

 ところで、「あけまして」と「新年」は同義ですから「新年あけましておめでとうございます」は間違いです。また、「一月一日」と「元旦」は同義ですから「一月一日元旦」も間違いです。

お年玉

  年神様に供えた餅をおろし、子供たちや使用人に与えたのが本来の「年玉」です。「玉」は年神様のたましいのことで、餅に宿ったパワーをおすそ分けしたのです。

初夢(はつゆめ) 一月二日

  初夢は元旦の夜から二日にかけて見る夢、あるいは二日の夜に見る夢をいいます。古くは節分の夜の夢が初夢でした。

  縁起のよい夢を見ると一年中幸運に恵まれるというわけで「一富士、二鷹、三茄子」が吉夢の代名詞になっています。この由来には諸説あり、富士は日本一高い山、鷹は「高い」の語呂合わせ、茄子は「成す」に通じ縁起がよいからという説や、三つとも天下を取った徳川家康の出身地、駿河の名物であることから、家康の出世にあやかったものという説などがあります。

年始まわり(ねんしまわり)

  現在は、初仕事の日に取引先などをまわることを年始まわりといいますが、本来は正月二日頃に親戚や上司を訪問して新年の挨拶を述べることをいいました。

年始まわりの心得

 できれば松の内にすませます。年賀の品は、かつては扇などを配りましたが、現在は「年賀」の熨斗をかけた日本手拭やタオルが主流です。ちょっとした和菓子なども喜ばれます。名詞代わりの品ですから、それほど大げさではない物がよいでしょう。

 上司などの自宅に正式な訪問をする場合は、年賀品は風呂敷に包みます。差し出すときは風呂敷からだして、正面を相手に向けて差し出します。

書初め(かきぞめ)

  「書初め」はかつて「吉書始(きっしょはじめ)」といって、宮中で恵方に向いてめでたい字を書いたことが始まりです。その後、江戸時代の寺子屋の発達や明治の学校教育の普及などで受け継がれ、広まりました。

  書初めの書は、小正月の「どんど焼き」で燃やし、燃やしたときに書が高く燃え上がれば字が上達するといわれています。

小寒(しょうかん) 一月五日頃

  「寒の入り」とも呼ばれ、便りはこの日から寒中見舞いになります。これから「大寒」を迎えるなど、寒さが厳しい日が続き。節分までが「寒の内」です。

  一方、小寒の四日目を「寒四郎(かんしろう)」と呼び、この日に雨が降るとその年の天候が悪く不作、九日目は「寒九(かんく)」と呼び、この日に雨が降れば(寒九の雨)豊作になるなどといわれました。また、寒九の水で薬を飲むとよく効くともいわれました。

人日の節句(じんじつのせっく) 一月七日

  中国ではこの日に七種類の野菜を食べ、無病息災を祈る習慣がありました。日本でも古くから人日の節句に七草粥を食べる習慣が定着していたようです。平安中期に編纂された法典「延喜式(えんきしき)」にも登場します。また、「枕草子」には六日に若菜を摘んだ記述があり、かつては、六日に摘んだ七草を七日に粥にして食べていたことがわかります。

七草粥

 酒宴が続いた正月七日、おなかに優しい七草粥をいただくことは理にかなっています。

「春の七草」・・・芹(せり) 薺(なずな) 御形(ごぎょう) 

    繁縷(はこべら) 仏の座(ほとけのざ) 菘(すずな)

    蘿蔔(すずしろ)

 

成人の日(せいじんのひ) 一月第二月曜日

  かつての男子の元服、女子の髪上げに由来する。当時、一人前の大人として認められたのは男子十五歳頃、女子十三歳頃でした。大人になるのを機に、髪型も着る物も変わりました。

鏡開き・蔵開き(かがみびらき・くらびらき) 一月十一日

  鏡開きは年神様に供えた鏡餅を割り、汁粉などにして食べる行事です。鏡餅の丸い形は、古代の青銅鏡を象ったとも、豊穣の意味を持つとも、魂ともいわれますが、お供えをおろして皆で食べる習慣は「直会(なおかい)」といって、さまざまな祭祀の際に行われています。神人共食することによって、神力の恩恵に与れると考えられたからです。

  鏡開きは大正月のおもな行事の締めくくりのようなもの。この日、商家は蔵開きをして商売繁盛を祈願し、道場は道場開きをして初稽古を行います。

鏡餅の開き方

 刃物を嫌い、手で割るか木槌(金槌)でたたいて割ります。少量の餅を干し餅にしておき、六月一日の「歯固め」に使う習慣もあります。「歯固め」は平安時代に正月と六月一日に行われた儀式で、堅いものを食べる(実際には食べない)ことで健康と長寿を祈願するもの。

小正月(こしょうがつ) 一月十五日

  かつて正月は一年の最初の満月の日、旧暦一月十五日でした。その後新暦が採用されて一月一日を始まりとしたため、十五日は小正月と呼ばれるようになりました。

  小正月は邪気を祓う小豆粥を食べて無病息災を願い、稲穂に見立てた柳の枝に小さく丸めた餅を刺して「餅花」を作り、豊作を祈願する日です。

  郷土色豊かな行事が多いことが、小正月の特徴です。

 

疲れをとる小豆粥

 小豆にはビタミンB1や食物繊維が豊富に含まれたいます。ビタミンB1は疲労回復に効果があるといわれ、食物繊維は腸の調子を整えてくれます。小豆を米と合わせて摂取すると栄養バランスのよくなるので、正月疲れがでる小正月の頃の食べ物としてふさわしいものです。ちなみに、小豆は夏バテにも効果的です。

小豆粥・・・市販のゆで小豆(缶詰・無糖)と米を鍋に入れて粥を炊き、炊き上がったら塩を加えて蒸らす。*分量は適量。好みの味で。

鳥追い行事

 各地で行われている鳥追いは、「鳥追いだ、鳥追いだ、唐土(とっと)の鳥を追いもうせ」などとかけ声も威勢良く、鳥追い太鼓をたたきながら町内を練り歩くのが一般的。帰りは物音をたてると鳥が戻ってくるとされ、無言で帰ります。

オシラ遊ばせ

 小正月の頃、東北地方を中心に行われる行事です。柳田國男の「遠野物語」にも登場するオシラサマは桑の木でできた簡単な人形で、養蚕農家の神様、あるいは目の神様として知られます。「オシラ遊ばせ」は、普段は神棚にお祀りしているオシラサマを出し、新しい着物を着せる風習のこと。また、子供たちがおぶったり、手に持って上下に動かしたりするとオシラサマが喜ぶとされ、これを「遊ばせる」といいます。

左義長(さぎちょう)

 小正月の行事の一つで、正月飾りを神社の境内や道祖神の近くで焚き上げる、一種の火祭りです。「どんど(と)焼き」「さいと焼き」とも呼ばれ、「どんど」は火が燃える様子を、「さいと」は道祖神を祀る場所のことをいいます。平安時代に宮中で行われていた行事が一般に広まったものです。左義長の火で焼いた餅を食べると一年間病気をしないともいわれます。

薮入り(やぶいり) 一月十六日

  使用人が休暇をもらって生家へ帰る日です。かつて使用人が自由に外出できるのは一月と盆の十六日だけでした。

  ところで、落語の「薮入」は、久しぶりに帰ってくる息子をこころ待ちにしている両親と、少ない給料からやっとためたお金を両親にあげようとする孝行息子の噺。遠く離れた親子の情を薮入という風習にからめて客の涙をさそう名作です。

 

二十日正月(はつかしょうがつ) 一月二十日

  正月の祝い納めで、かつては仕事を休み、物忌みをしました。この日、年神様が早朝に帰っていくとされ、地域によっては前夜、感謝のお供えをします。年神様の供えていた餅をおろす「鏡開き」も、本来はこの日でした。

  年神様が本来居られる場所に帰り、正月料理や餅も食べ尽くし、いよいよ、正月の行事はこれですべて終わります。

大寒(だいかん) 一月二十日頃

  二十四節気の一つ、旧暦では十二月中旬です。「小寒」後十五日で「大寒」になり、「大寒」後十五日で寒が明けるといいます。寒の内のちょうど真ん中の「大寒」は、暦の上では寒さがもっとも厳しいとされる頃です。

  この頃、「寒稽古」や冷水を浴びる「寒垢離(かんごり)」「寒念仏」「寒行」など、寒苦に耐えて心身を鍛練する修行が多く行われます。一方で、寒鰤や寒干し、寒締め、寒牡丹など「寒」のつく食べ物や植物が珍重され人気があります。

 

一月・そのほかのおもな行事と記念日

五日   初水天宮

六日   高崎だるま市

七日   大宰府天満宮うそ替え

八日   初薬師    東京鳥越神社とんど焼き

十日   西宮神社十日えびす    初金毘羅

成人の日の前日   奈良若草山山焼き

十四日  仙台どんと祭

十六日  えんま詣り

十八日  初観音

二十一日 初大師

二十四日 初地蔵

二十五日 初天神

二十八日 初不動

 

 

 

 

一月のお楽しみ

七福詣りで初散歩

 古来、福神として信仰されていた神様は多数いました。それが、七という数字にまとまり、「七福神」になったのは室町時代のことといわれています。その理由として、中国の水墨画に盛んに描かれた、竹林に遊び、清談にふける「竹林の七賢」の影響を受け、多数いる福神が七人になったと一般的には考えられています。

七人の福神

 海の向こうからやって来る、幸せを運ぶ神様を紹介します。

恵比須天(えびすてん)・・・七福神のうち唯一、日本の神様。釣竿を持ち、大きな鯛を抱えている。「えびす顔」といわれるように、福徳の神。商売繁盛を授けるとも。

大黒天(だいこくてん)・・・インドの神様だが、日本では大国主命(おおくにぬしのみこと)と一体化されていった。頭巾を被り、打出の小槌と大きな袋を持つ。五穀豊穣や蓄財、台所の神とされる。

布袋尊(ほていそん)・・・中国の神様で、唯一、実在した和尚。太鼓腹で半裸の風体、大きな袋を持つ。布袋和尚は楽天的で大らかな生き方をした人物とつたえられ、家族円満、和合の神とされる。

毘沙門天(びしゃもんてん)・・・インドの神様。甲冑(かっちゅう)を着て宝棒または矛を持つ。福をもたらす宝塔を持つ場合もある。勇気と福を授ける神とされる。

弁財天(べんざいてん)・・・インドの神様で、唯一の女神。日本では水の神の市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)と同一視される。琵琶を持つ優美な姿が特徴。芸能、学問、知恵の神とされる。また、「財」の字から蓄財の神とも考えられている。

福禄寿(ふくろくじゅ)・・・中国の神様。長い頭に豊かな白髭をたくわえる。名前の「福」は幸運、「禄」は財運、「寿」は長寿で吉祥尽くしの神。

寿老人(じゅろうじん)・・・中国の神様で、まれにしか見ることができない星座、南極星の化身といわれ「南極老人」とも呼ばれる。寿老人と福禄寿は本来同一であったが、日本において二神に分かれた。白髭をたくわえ、杖を持つ。杖には人間の寿命が記された巻物が結わえつけてある。長寿、健康を授ける神。

 

七福詣りの名所

谷中七福神めぐり 東京最古、江戸時代から人気があった七福神です。谷中(やなか)の風情を楽しみながら田端から上野方面へ。

 東覚寺(福禄寿)⇒青雲寺(恵比須天)⇒修性院(布袋尊)

 天王寺(毘沙門天)⇒長安寺(寿老人)⇒護国院(大黒天)⇒

 弁天堂(弁財天)

 

向島七福神めぐり 隅田川七福神とも呼ばれます。浅草を起点に紹介します。

 三囲(みめぐり)神社(恵比須天・大黒天)⇒弘福寺(布袋尊)⇒

 長命寺(弁財天)⇒白髭神社(寿老人)⇒向島百花園(福禄寿)⇒多聞寺(毘沙門天)

 

都七福神めぐり 京都の代表的なコースです。広範囲なので、観光バス利用が便利です。

 ゑびす神社(恵比須天)⇒妙円寺(大黒天)⇒東寺(毘沙門天)

 ⇒六波羅蜜寺(弁財天)⇒赤山(せきざん)禅院(福禄寿)⇒行願寺(寿老人)⇒萬福寺(布袋尊)